2006年03月19日
浦添ようどれ
食事の後は、『浦添ようどれ』


浦添グスクの北側岸下にある琉球王国初期の王陵。栄祖王が築いたといわれている。
その後、1620年に浦添出身の尚寧王が改修し、王自身もここに葬られた。
4~5年前だったか、2日間限定で墓内部を見学することができました。
前会社の先輩から話を聞き、なんとなく一人で行ってみました。
今思えば、本当に貴重な体験だったと思います!だって今は見れないですもんね。
ようどれ館では、「ようどれの西室(英祖王陵)」が実物大で再現されてます。
左側の写真を撮った場所から、晴れた日には久高島が見えるそうです。
その日は、曇ってたので見れませんでしたが、
これも方向を考えて創られたんだろうな。
写真を見てわかると思いますが、新しい感が伝わってきますよね。
私も情緒がないな~なんて思いましたが、
「ニライカナイ」は、太陽の島とも言われてて、
光をたくさん浴びているから白く見える(イメージ)。
なので、浦添は白を基調にしていたのではないか・・・・とのこと。
実際、発掘作業のときに白い石(琉球石灰岩)が出てきたそう。
復元前の浦添ようどれ。

浦添グスクの北側岸下にある琉球王国初期の王陵。栄祖王が築いたといわれている。
その後、1620年に浦添出身の尚寧王が改修し、王自身もここに葬られた。
4~5年前だったか、2日間限定で墓内部を見学することができました。
前会社の先輩から話を聞き、なんとなく一人で行ってみました。
今思えば、本当に貴重な体験だったと思います!だって今は見れないですもんね。
ようどれ館では、「ようどれの西室(英祖王陵)」が実物大で再現されてます。
左側の写真を撮った場所から、晴れた日には久高島が見えるそうです。
その日は、曇ってたので見れませんでしたが、
これも方向を考えて創られたんだろうな。
写真を見てわかると思いますが、新しい感が伝わってきますよね。
私も情緒がないな~なんて思いましたが、
「ニライカナイ」は、太陽の島とも言われてて、
光をたくさん浴びているから白く見える(イメージ)。
なので、浦添は白を基調にしていたのではないか・・・・とのこと。
実際、発掘作業のときに白い石(琉球石灰岩)が出てきたそう。
復元前の浦添ようどれ。
Posted by youmei at 08:59│Comments(2)
│歴史
この記事へのコメント
初めまして JJ_YYさんとこからやってきました。
ここは たしか昨年5月頃?きれいになったばかり・・・
歩いて行けるので 晴れた日にでも
久高島見に行きたいと思います!
ここは たしか昨年5月頃?きれいになったばかり・・・
歩いて行けるので 晴れた日にでも
久高島見に行きたいと思います!
Posted by しーぽん at 2006年04月05日 22:51
しーぽんさんへ
はじめまして♪コメントありがとうございます。
私も天気のいい日に浦添ようどれに行った事がありません。
久高島が見れるといいですね~。
小さな資料館も出来てますので、行ってみてくださいね♪
はじめまして♪コメントありがとうございます。
私も天気のいい日に浦添ようどれに行った事がありません。
久高島が見れるといいですね~。
小さな資料館も出来てますので、行ってみてくださいね♪
Posted by youmei at 2006年04月09日 11:02
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